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すぎやまこういち(椙山 浩一)の経歴は?ドラクエ作曲家が故人に

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すぎやまこういち(椙山 浩一)の経歴と、ドラクエ作曲家が故人になるについて今回は解説します。

名作曲家のすぎやまこういちが亡くなる!?

ゲームドラゴンクエストシリーズの作曲家として有名なすぎやまこういちさんが2021年9月30日に亡くなったことが2021年10月7日に報道されました。

すぎやまこういちさんは90歳と高齢であり、敗血症性ショックで亡くなったとのことです。

すぎやまこういちの波乱万丈な経歴とは!?

すぎやまこういち(椙山 浩一)さんは1931年4月11日生まれの東京都台東区出身の作曲家になります。

両親が音楽とゲームが好きだったこともあり、幼少期から音楽とゲームに触れる機会が多く、すぎやまこういちさん自身も音楽とゲームが好きになります。

父の仕事の関係で引っ越しが多く、小学生時代は名古屋で暮らし、中学時代は千葉、更に戦争で大分、岐阜、終戦で東京都と転校を繰り返します。

大学は東京大学理科II類に入学し、教育学部教育心理学科を卒業しています。

大学卒業後は工場でしばらくアルバイトをし、文化放送に入社して1年で退職、そしてフジテレビに入社します。

その後フジテレビを退社して1968年から作曲家の活動に専念し、1986年にドラゴンクエストの作曲を担当してドラゴンクエストが有名なゲームとなることですぎやまこういちさんの名も有名になりました。

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すぎやまこういちの家族の意外な現在とは!?

すぎやまこういちさんには妻と息子がいて、妻は椙山 之子(すぎやま のぶこ)さん、息子は時宗 大さんとなります。

妻の之子さんはスギヤマ工房有限会社の取締役をしており、会社ではすぎやまこういちさんが作曲活動の援助をしています。

息子の時宗大さんはアシスタントディレクターをしており、性が椙山ではなく時宗であることから結婚をして婿入りをしていると思われます。

すぎやまこういちの作曲は誰が継ぐのか!?

ドラクエは今では有名なゲームコンテンツで東京五輪の開会式でも音楽が採用されていることから、担当作曲家になれば名が売れるチャンスにもなると私は考えます。

ドラクエの作曲家として有名なすぎやまこういちさんが亡くなったことにより、ゲームのドラクエシリーズの音楽を今後誰が担当するのか気になるところです。

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